2024/10/12 02:26
Qoly × LFB Vintage店長です。
いつもありがとうございます。
少し前に日本代表のデッドストック・ユニフォームの販売を開始しました。
2006年ドイツW杯モデルで、この大会を最後に現役を引退した中田英寿のネームナンバー付きです。

日本代表 adidas 2006 ホーム半袖 ユニフォーム #7 NAKATA 中田英寿
中田の現役最後のユニフォームとしても記憶されている2006W杯モデル。
シャツは海外流通品のためインポートサイズです。
特徴的な両脇のウェーブ状グラフィックは日本刀の刃文をデザインしたものでした。
ちなみに代表チームの愛称「SAMURAI BLUE」はそのW杯のタイミングに合わせて「キャッチフレーズ」として登場したもので、確か一般公募で選ばれたものだったと記憶しています。

ドイツW杯での日本代表の成績はグループステージ1分2敗で敗退…苦い結果に終わった大会でした。初戦のオーストラリア戦(当時はAFC加盟前)での、終了間際の失点による逆転負けという悪い終わり方が最後まで響いてしまったという印象でした。
1-3で敗れたオーストラリア戦、0-0で引き分けた第2戦クロアチア戦、そして1-4の完敗だった第3戦ブラジル戦まで、全ての試合でこの青いホームを着用しています。

ブラジル戦後、ピッチに倒れ込む中田の姿は涙を誘う印象的なものでした。
この時点でこの姿を見たほぼ全員が、倒れ込みは大会敗退の悔しさからくるものだと思っていたわけですが...
後に分かったことですが、中田が引退を決意したのは2005年11月で、なんとW杯の半年以上前。さらに2006年2月頃には極秘でスポンサー関係などを訪れてW杯後に引退する旨を報告済み。
つまり、引退に向けて全ての準備を整えて臨んだW杯ということになります。その事実を知った上で改めてこのブラジル戦後の写真を見ると、それまでとは異なる印象を受けますね。

ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)で頭角を現し、1998年に移籍したペルージャで当時世界最強リーグと呼ばれたセリエAでデビュー。
それ以前にも海外へ移籍した日本人選手はいましたが、中田は真の意味で欧州サッカーへの日本人選手移籍の道を切り開いた選手でした。
日本代表の2006モデルは、開拓者と称しても差し支えないであろうレジェンドが最後に袖を通したユニフォームでもあります。
今では貴重な新品の日本代表ユニフォーム中田英寿モデルは、インポートXLサイズのみ在庫1着。こちらで販売中です。